可笑しなことの見つけ方

日常で見つけた可笑しなことを書いていきます。毎週木曜日20時ごろ更新予定です。

それを「ばんばひろふみだ」と言い張る者

 中学生のころ、周りが流行の音楽を聴く中で、私はなぜだか懐メロが好きだった。今でもやはり懐メロは好きだが、その頃いいなと思っていたのが、ビリー・バンバンの『さよならをするために』だった。ちょうど麦焼酎いいちこのCMにその曲が使われており、画面の右下にその曲名が出ていたのだ。ビリー・バンバン自身はテレビで1度観ただけだったが、その細身の落ち着いた雰囲気のおじさん2人が唄っている姿にしびれたのだ。繰り返しその曲を聴くうちに、いつか自分でも口ずさんでいた。

 気に入ったものがあると、誰彼なしにそのことを話してしまうのは今も昔も変わらない。個別指導の塾に通っていた私はそのビリー・バンバンへの熱い思いを、たまたまその日教えてくれた京大生の講師に伝えた。するとその講師は、何を思ったか、

「ああ、それはあれや。『ばんばひろふみ』や」と言い放った。

 私は咄嗟に何を言っているのかわからなかった。

ばんばひろふみ?」

「そうや、『ばんばひろふみ』や」

 京大生の講師は赤のボールペンをくるっと回しながら、自信ありげにそう言って、ざらざらとした顎を擦った。私はもちろんばんばひろふみを知らないわけではなかった。むしろ、バラエティー番組に出てくるあの「ばんばひろふみ」が、こんなにテンポがゆっくりの、切ない唄を本当に唄っているだろうかと違和感を感じたのだった。当時、ばんばひろふみは関西で演歌トーク番組のようなものに出ており、よくしゃべるおじさんというイメージを私は持っていたのだ。

「でも、こないだテレビにビリー・バンバンが出てきた時に、ばんばひろふみはいなかったですよ」と私は言った。そうだ、私が観たビリー・バンバンは二人組だったし、そこにばんばひろふみはいなかったのだ。しかし、その講師は続けた。

「おれは大好きやから知ってるねん。『ばんばひろふみ』や。だいたい曲は一通り聴いて知ってるねん」

「『さよならをするために』っていう曲は?」

「そんな曲は聴いたことないなぁ」

 私は釈然としなかった。かつてビリー・バンバンにはあの二人に加えて、ばんばひろふみも属していたのだろうかと考えた。しかし、あの二人の雰囲気とばんばひろふみは合わないなと中学生ながらに感じていたのだ。音楽性の不一致という言葉を使うなら、まさにこういう状況のことを言うのだろう。ばんばひろふみだと言い張る人にはもはや何を言っても仕方がない。私は途方に暮れるしかなかったが、最後の力を振り絞り、

「僕もビリー・バンバンが好きです。『さよならをするために』っていう曲がとても」とだけ言って会話を終わらせた。

 今なら「ばんばひろふみ」について検索すればわかっただろうと思うのだが、生憎当時はまだgoogleなどなかった。だからそれ以上知ることもなかった。あれはなんだったのだろうかとしばらくビリー・バンバンの曲を聴くたびに思い出すことになった。京大生の講師が言っていたばんばひろふみが属していたグループがビリー・バンバンではなく、ただのバンバンだと知るのはずっと後になってからのことである。