可笑しなことの見つけ方

日常で見つけた可笑しなことを書いていきます。毎週木曜日20時ごろ更新予定です。

はじめて週刊少年ジャンプを買ってもらった時のこと

 あけましておめでとうございます。このエッセーも書きはじめてから1年以上が経った。この一年間痛感しているのは、読んでくれている人がいると思うだけで、不思議と可笑しなことを見つけつづけられるということだ。いつもお読みいただき本当にありがとうございます。

 さて、年末に大阪の地下鉄淀屋橋駅のアーチ状の天井を見上げたら突然思い出した。小学生のころ、正月に親に連れられて出掛けた時に、この駅の売店でうまれてはじめて週刊少年ジャンプを買ってもらったのだった。そんなことはすっかり忘れてしまっていた。なぜ、突然ジャンプを買ってもらうことになったのだったか。

 どうしても読みたい漫画があった、わけではなかった。当時、私は近所の書道教室に通っていた。その前年の暮れのこと、いつも書道教室から一緒になると一緒に帰っていた二つ年上の近所の先輩が帰り道にある小さな本屋さんでジャンプを買ったからだった。それがただいつもの週刊少年ジャンプなら私の興味をそれほど惹くことはなかったかもしれないが、私が気になったのは、背表紙に書かれた
「1・2号」
の文字であり、先輩がそれを「イチ・テン・ニ・ゴウ」と読んだことだった。

 私は驚いた。号数が、1とか、2とか、あるいは38とか、40とかではなく、1・2とはどういうことだろうか。私は尋ねたのだ。
「号数なのに、小数なんですか?」
「そうだよ」と先輩は言った。「3・4(「サン・テン・ヨン」と彼は言った)とかもありうるんだよ」
1・2号は2号よりも1号に近く、3・4号は同じように4号より3号に近いが、その近さが少しずつ後ろに近づいていっていた。私にはそれが意味がわからなかった。そんなことをして、どんな意味があるというのだろうか。
 そして私は自分でもそれを手に入れてみたくなったのである。正月に売店の店先で見つけたジャンプを買ってくれと親に頼んだ。たしか、そこにはゆで・たまごの読み切り漫画が巻頭カラーで掲載されていたのだった。買ってもらった週刊少年ジャンプの3・4合併号を私は読んだ。そして、私の興味を最も惹いたのは、ジャンプ放送局だった。
 さて、その後私は自分でせっせと漫画を書いたり、文章を書いたりしてはコピー機で印刷し、雑誌の体裁をととのえて、友だちに配ったのだった。しかも、それは週刊誌でなくてはならなかった。なぜなら、私も合併号が出したかったからだ。合併号を出すためには、それが毎週発行されていなければならない。当時、それほどその熱意がつづいたような記憶もなく、おそらく合併号というようなものは出せなかったのではないか。そのチャンスは訪れなかったのだ。
 いま、ふと思うのだった。もし、合併号を出す機会があるとすれば、まさに今なのではないか。私は1年以上毎週、誰に頼まれるわけでもなくエッセーを書き続けてきたのだった。そして、今ここで合併号を出したいのだ。やるならしかもドーンとこれまでにないような合併号を。

 1.2.3.4.5.6.7.8

 もはや小数ですらない。まるでIPv6のアドレスのようだ。8号分の合併号である。特に意味はない。ただ前代未聞の合併号を出したかっただけだ。合併号というからには、8週後からまたいつものようにつづけていくわけである。いや、正月からなにを言ってるのかわけがわからないが、つまり次回は2月19日(木)の予定だということだ。また引き続きお付き合いいただければ幸いである。そして、皆さんにもこれから1年間可笑しなこととの出会いがたくさんあることをお祈りする次第である。

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