可笑しなことの見つけ方

日常で見つけた可笑しなことを書いていきます。毎週木曜日20時ごろ更新予定です。

圧倒的な〝わからなさ〟と向き合う

ベケットの『モロイ』について書こうと思う。とはいっても、気の利いたことは書けない。なにしろ、読んでいてもわからないを連呼していたし、今年一番読むのに骨が折れ、なんとかさっき読み終わったばかりという状況だからだ。だから、書くことのほとんどは…

渋谷駅への階段

一帯が工事中の渋谷駅前でふと見上げると、見慣れない回廊が高いところに出来ていた。突然現れたこれは一体なんだろうかと気になって、わざわざ正面にぐるりと回ってみると、そこには銀座線乗り場へと向かう暫定の階段が聳え立っていたのだった。そして、こ…

カレーハウスという砦にて

「ここは俺に任せて先に行け!」と彼は早口で言い放ち、キリッと表情をキメた。彼の前にはカレーの皿があり、言われた隣の男の前には大盛りのカレーの皿があった。ここは渋谷、カレーハウス・チリチリのカウンターだった。 彼らは一体誰なのだろうか。平日の…

何に並んではるんですか?

羽田空港の搭乗ゲートの前にいた。混雑していた。搭乗時刻が近づくと、人がズラーっと並びはじめた。しかし、目で列を前方へと辿ると、そこにゲートはなく、かわりにスーツをビシッと着た背の高い男性が立っていたのだった。 空港のスタッフには見えない。繁…

そっくりな二人

職場の近くに毎日のように通う店がある。一つは朝、ペットボトルの水を買いに行く売店で、もう一つは昼食で通うカフェテリアの一角にあるドリンクコーナーだ。いや、カフェテリアというよりも、古いフードコートと言ったほうが雰囲気が伝わるだろうか。ドリ…

焼き飯好きの男

電車まで少し時間があったので、クアラルンプールの駅から少し離れた場所にある中華料理の店に行った。私が食事をしていると、スコールが小雨になったタイミングで次々と客が入ってきた。 他のテーブルもたくさん空いているのだが、小太りの男は、私が座って…

ちらし寿司のある生活

いつかこんなのが書けたらいいなとつねづね心に留めているエッセーがある。大学時代の文集に後輩が寄せたものだ。それは高校時代の寮生活を綴ったものである。 高校時代の寮生活というものがどのようなものか、経験のないものにとってはそれ自体が興味深いの…

届かない声

売店へ行くためだったか、それとも食事のためか、日中に職場で屋外を歩いていた。数日前から建物の前では建物と通りを覆う高い屋根の洗浄作業が行われていた。ここに来た時から、この建物を覆う高いアーチ状の天井のメンテナンスはどのようにやるのだろうか…

お寿司が含まれている

クアラルンプール国際空港の出入国審査官はパスポートに記された私の名前を読み上げ、顔をじっと見た。そして、何かを思い出したように、「From JAPAN? 寿司はやっぱりよく食べるのか?」と言った。私は突然の質問に驚きながら、「時々ね」と返した。それから…

タクシーのサービス

地元の駅から乗るタクシーは、お世辞にも柄がいいとは言えない。ところが、ある夜出張の帰りに乗ったインド系の運転手はとても丁寧だった。それに車も新しい。こちらでは車体がボコボコで、シートベルトは壊れており、土砂降りになれば雨漏りのするような車…

掛かってきた電話

代休を取って平日の午後に自宅で本を読んでいると、携帯電話が鳴り出した。クアラルンプールを表す03の市外局番だが、番号に心当たりはなかった。電話に出てみると、相手の女性は何かしら名乗った後、“Are you Mr. Anago?”と言ったのだ。「そちらは、アナゴ…

アマンさんのところのビール

後輩が首都クアラルンプールから遊びに来て一緒に市内を観光して回った。5月の連休のことだ。昼間は人もまばらな通りは、屋台へとやってきた人で溢れていた。そして、私たちはビールを求めていた。いや、1日町歩きをしてはいたが、喉がカラカラに乾いてい…

ただのトリビアを可笑しく

目黒駅は当然目黒区にあるということに疑いを持つ理由などない。かつて私もそれを信じきっていた。だからと言って、それが違うとわかった時に、心底驚いたという記憶もない。世の中、そんなこともあるのだろうと思っただけだった。 目黒駅は品川区、品川駅…

20周年を祝う

定期的に通っている内科クリニックの混み合った待合室でソファに座っていた。ふと玄関近くに置かれた鉢植えに目が止まった。それほど大きいわけではないそれはよく見るとお祝いの鉢植えで、「祝 クリニック開院 20周年」と書かれていた。もちろん、クリニ…

不適正な写真

たまたま職場で運転免許証の話になり、最近更新した人が持込写真が使えるようになったと言ったのだった。すぐに警視庁のwebを調べてみると、交付までの時間が少しかかるものの、確かに使えるようになっていたのである。「持参写真による更新手続案内」と書か…

一番乗り

「友田さん、あれ、行ってきましたよ!」 そう言いながらギラギラとした目つきで職場の後輩が追いかけて来た時、いったい何のことを言っているのか私にはわからなかった。元はと言えば、私が焚きつけたのだった。去年の暮れのこと、昼食時に職場の後輩が選挙…

「本日休載」について

お久しぶりですが、みなさんお元気ですか? 元日に書いた回特に意味もなく次は2月19日にと書いた。特に意味もなくそう書けたのは、この日が現実感のない遠い未来だったからで、実際近づいてみれば、いくら日々淡々と暮らしている私にもそれなりに急用が入…

はじめて週刊少年ジャンプを買ってもらった時のこと

あけましておめでとうございます。このエッセーも書きはじめてから1年以上が経った。この一年間痛感しているのは、読んでくれている人がいると思うだけで、不思議と可笑しなことを見つけつづけられるということだ。いつもお読みいただき本当にありがとうご…

なぜお客さんは一斉に帰ってしまうのか?

夏に旅行した時に、喫茶店で働く後輩の女の子から託された課題だ。 「なぜ一斉にお客さんは帰ってしまうのでしょうか? すっごく混んでいたのに、誰かが帰りはじめると、次々と帰ってしまって、お客さんが誰もいなくなるんです。いつものエッセイで考えてみ…

ちゃんと謝る

「もっとちゃんと謝ってほしかったです」 テーブルの向かい側で立ち上がった女性がそう言った時、私はドキッとして思わず本から顔を上げてしまったのだった。しかし、それは私に向けられた言葉ではなかった。すでにコートを着た彼女は真剣な眼差しで隣に座っ…

映画『ゴーン・ガール』と失くしたもの

試写会で『ゴーン・ガール』を観た。アメリカ中部の田舎町に移り住んだ夫婦の結婚記念日に、夫が帰宅すると妻が失踪しているのだ。不穏な空気が漂っている。誘拐なのだろうか、それとも。気づけば私はあらゆるものを疑いの目で見ている。どれが本当で、どれ…

スランプに陥る、本屋に行く

10月にいくつか満を持して書いた回があり、私としてもかなり納得のいくものに仕上がった。過去に見聞した意表を突く刺激的な事件について私は書いたのだった。ところが、困ったことに、それらを書き上げて以来、日々の生活になんでもない可笑しなことをう…

『WILLPOWER 意志力の科学』を読んで鍛える

なにかに集中しなくちゃならないときに限って、つい思い出したことで横道にそれてしまう。そのままではまずいのではないかと常々考えていた。それで、少し前のことになるが書店でロイ・バウマイスター他の『WILL POWER 意志力の科学』(インターシフト)を見…

横書きを縦書きに

今ではほんのわずかな枚数の年賀状を出すだけだが、かつて実家が和菓子店を営んでいたころは、年末といえば、家族そろってお客さんに向けての年賀状を大量に準備したものだった。ある日、母がびっしりと埋め尽くされた横書きの住所録を見ながら、1枚1枚ハ…

秋のポルターガイスト

20年近く前の秋の夜、私はアルバイト帰りで浜松町駅のホームに立っていた。その日は休日で、夜遅くのホームで電車を待つ人はほとんどいなかった。びゅーっと風が吹くとかなり寒い。私は早く電車が来ないだろうかと思っていたのだった。程なくして電車到着…

男たるものかくあるべし?

随分と前のことだ。午後、出張に向かうために乗った中央線快速の東京行きはわりと空いていた。空席はないが、かといって大勢が立っているということもない。ぽつぽつとつり革を持ったりドアの脇に立っている人がいる程度である。その時点ではまだ私はそれか…

ゼミで読んだ本の著者がノーベル経済学賞を取った

今年のノーベル経済学賞をジャン・ティロールが受賞したと聞いて驚いた。というのも、私がまだ経済学部生だったころ、ゼミで読んでいたのが、彼の著書『The Theory of Industrial Organization』だったからだ。私の所属していたゼミではティロールと、もう一…

車内での通話はご遠慮ください

昼下がりに電車に乗ったら、隣に座っていた若い営業職らしき女性がタブレットを触りながら、携帯電話で話しつづけていた。 「はい、月々割は。。事務手数料は結構ですが、月々割はなんとも」「ええ、はいっ、いえ、月々割は」「ちょっと調べてから折り返して…

予兆を見逃さない

それはコーヒーショップでコーヒーを飲んでいた時だった。私の隣の席に、杖をついた八十代くらいの細身の男性と、付き添いの女性がやってきた。そして、男性を席に座らせると、彼女はコーヒーを買いに行き、そして席へと戻ってきたのだった。 「私はコーヒー…

餃子を買って帰る

随分と前に筆談ホステスというのが話題になった。耳の聴こえないホステスが、お客さんと筆談で話をするのだという。それを聞いて、私はまっさきにたのしいだろうなと思ったのだった。というのも、似たような経験があったからだ。それは学会で北京を訪れた時…