可笑しなことの見つけ方

日常で見つけた可笑しなことを書いていきます。毎週木曜日20時ごろ更新予定です。

プロの殺し屋

 ときどき極度の空腹に陥ると、ラーメンもチャーハンも餃子も食べたくなり、手近に見つけたラーメンのチェーン店に入る。用事があって出掛けた帰りで、随分と時間も遅いのに、店内は結構に賑わっている。蒸し暑い日だというのに、全身黒ずくめの男が二人並んで、無言でラーメンを啜っている。席に座ると、二十歳そこそこの女性店員さんが水の入ったグラスを運んでくる。私はすかさず、ラーメンとチャーハンと餃子のセットを注文するのだ。

 しばらくするとさっきの女性店員さんが次々と頼んだものを持ってきてくれる。大学生のアルバイトだろうか。重たいラーメンのどんぶりを両手に抱え、すごい働きっぷりである。それに、忙しく動き回っているのに、とても感じがいい。夜遅くにさっと入れば、そこそこうまいものが食べられる、そんな店があることはありがたいし、店員さんの応対が丁寧なら、なおのことよい。
 私は空腹を満たすべく、ラーメンのスープを飲み、チャーハンをかき込んでいたのだった。その時、なにか私は殺気を感じたのだ。ラーメンをすすってると、背後に殺気を感じた。私がふと後ろを振り返ると、そこに居たのは、さっきまで感じよく接客していたあの女性店員だった。彼女は気配を消し、カウンター席の足下を睨みつけながら、忍び足で進んでいたのである。

  いったいなにが起こったというのか。私は彼女の動きに釘付けになった。足下を睨みつける様子は、まるで軍曹のようである。そして、右手にはなんとスプレー缶「ゴキジェット」が光っていた。しばらくカウンター席の周囲を気配を消してうろついた彼女は、レジの前に立った店員に気付き、諦めて奥の方へと戻っていった。結局、彼女はゴキブリを見つけることは出来なかったし、ゴキジェットが噴射されることはなかった。私は安堵した。あの場で、噴射されてしまったら、どうなっていたことだろう。

 落ち着いて考えた。ただの店員が、たまたま現れたゴキブリに怖れを抱き、おもむろにスプレーを手にしたのだろうか。いや、そうではない。彼女のあの殺気立ち、気配を消していた姿は、プロのものだった。彼女は過去にも同じように、ゴキブリ退治をしたことがあったにちがいない。