可笑しなことの見つけ方

日常で見つけた可笑しなことを書いていきます。毎週木曜日20時ごろ更新予定です。

すぐに戻ります

 金曜の夜遅くに横浜駅の地下ホームに降りて行くと、ちょうど売店のシャッターに貼り紙がされているのに気づいた。
「すぐに戻ります」
 腕時計を見ると、時刻は9時を過ぎていた。私は咄嗟に思った。さすがにもう戻ってこないのではないかと。
 そして気になったのは「すぐに」という言葉だ。「すぐに」という言葉はあくまで主観的な言葉である。5分だろうか。あるいは10分だろうか。ことによっては明日の朝のことかもしれない。「部屋に帰って横になったら、朝なんてすぐよ」という意味で「すぐに戻ります」と掲出しているのだ。
 そう考えてみると「すぐに戻ります」とは、待つものにとってなんと恐ろしいフレーズだろう。「必ず儲かります」というキャッチフレーズが怪しいように、「すぐに戻ります」もやはり疑って掛かるべきだ。なにしろ、「すぐに」と言うわりに、シャッターは下までしっかりと閉ざされているのである。まるで、「また会おうね」と言いつつ、連絡先を教えてくれないひとのようではないか。そして、ほんとうに「すぐに」戻るのなら、貼り紙など必要ないし、ましてシャッターをぴたりと下ろすこともないのではないか。いや誰かを批判しているのではない。私だって方便で「すぐにやります」と言ってやらなかったことがあるのだ。ただその真意を知りたかったのだ。
 そんなことを考えながらホームで電車を待っていると、シャッターの隣の金属の扉が音を立てて開き、中からカバンを提げた女性が出てきたのだった。つまり扉の中にひとがいたのである。時を同じくして電車がホームに入ってきた。だが、私はまだ店が開くと信じたわけではなかった。この女性はちょうど帰るところなのではないかと考えたからだ。電車に乗り込み、つり革を持ち、窓からシャッターの閉まった売店の様子を注意深く眺めた。
 電車は走り出した。結局、店は開くのか、店員が帰ってしまうのか。なんとかことの成り行きを見届けたかった。間に合うだろうか。店員はシャッターの前の貼り紙を外し、そして壁のボタンを押してシャッターを上げはじめた。加速する車内から私は観察をつづけた。バッグをプラスチックのカゴに放り込むと、彼女はそれを売店の中に持ち込み、灯りを付けた。再び売店は開店したのだ。それはほんとうにあっという間の出来事だった。