可笑しなことの見つけ方

日常で見つけた可笑しなことを書いていきます。毎週木曜日20時ごろ更新予定です。

あえて2回言う

 ゴールデンウィーク中に、電車で本を読んでいたら、出張帰りという雰囲気のスーツ姿のおじさんと若い男が乗ってきて隣に座った。しばらくすると、おじさんは携帯電話の画面に息子の写真を表示させて、若い男に見せはじめた。

「これは小さい頃の写真だけどね」

「結構背が高いですね」

「まあ、この時は大きかったけど、すぐに止まっちゃって、今は下の子の方が大きいくらいなんだよ」

「僕も中学入ったらすぐに身長は伸びなくなりましたよ」

 すると、唐突にこのおじさんが昔の話をしはじめるのだった。

「そうだよね。私が小学校に入った頃に、1人だけ大きい奴がいてさあ。背が高かったから、馬場って呼ばれてたんだよ〜」と言う。すると、若い男は、

「へぇ、そうなんですねぇ」

と受け流し、そして沈黙が出来た。

 隣に座っていた私は、ひょっとして馬場がわからなかったのだろうかと思った。馬場と言えば「ジャイアント馬場」だよ。それにしても、ジャイアント馬場がなくなってから何年になるだろうか。クイズ番組の回答者として出ていたのは、まだバブルの時代だっただろうか。そんなことを考えていると、再びおじさんが口を開いた。

 「いやぁ、そいつったらさぁ、背がほんとに高かったからねぇ」とここでひと呼吸おいて、相手の注意を引きつけ、さらに力強く言うのだ。

「馬場って呼ばれてたんだよ〜」

 あえて2回言う。おじさんも意味が伝わらなかったと思ったのかもしれない。しかし、同じことを言ったって、伝わらないものは伝わらないのだ。それに、再び

「へぇ、そうなんですねぇ」

と彼が繰り返した時、私はさらっと流した彼もまた「ジャイアント馬場」を知らないわけではないと気付いたのだった。

 何しろ「ジャイアント馬場」だ。いくら男が若いとはいえ、知らないわけがないじゃないか。それに、そんなことを言われて、どうしろと言うのだ。「へぇ」以外に何かあっただろうか。

 たとえばこれが次のようなら話は別だ。

「いやぁ、そいつったらさぁ、背がほんとに高かったからねぇ、『鈴木』って呼ばれてたんだよ〜」

 いったい「鈴木」とはだれなのか? そういうふうにして自然と疑問がわくではないか。あるいは、背が小さいのに「馬場」と呼ばれていたとか、背が高い奴が5人いたのに、彼だけが「馬場」と呼ばれていたとか、そういうことならば、受け流すわけにはいかないのである。

「どうして彼だけが馬場と呼ばれていたのですか?」

と若い男は自然に疑問を発しただろう。

 しかし、おじさんは、そのような話をするわけではない。どうしても言いたかったのだろう。「へぇ」としか受け流すことの出来ないことを、あえて2回言ったのだ。そして言った本人は実に愉しそうなのだった。