可笑しなことの見つけ方

日常で見つけた可笑しなことを書いていきます。毎週木曜日20時ごろ更新予定です。

カレー屋の前のドッペルゲンガー

「そう言えば、A子ちゃんのtwitterのアイコンって少し前は伊東四朗だったよね」

伊東四朗に似てるって言われたから、アイコンにしてたのー」

 下北沢にある般°若(ぱんにゃ)というカレー屋さんの前に並んでいた私はスマホでニュース記事を読んでいたのだが、前に並ぶ三人組の会話の可笑しさに気付いてしまったのだった。

 「顔が伊東四朗なのか?」と私は思った。

 しかし、皆前を向いており彼女たち二人の顔は見えない。見えるのは、後ろを向いて彼女たちと話す連れの男性の顔だけだ。

 A子は入り口へと歩み寄って店内をのぞき込む。ちらりとそちらを見るが、やはり顔は見えない。本当に伊東四朗なのか確かめてみたかった。

 そうするうち、彼らの話は井の頭線沿線のうまいラーメン屋の話になった。閉店してしまったラーメン屋についての議論になり、

「ラーメン屋って潰れて随分経っても、角を曲がると豚の臭いがするんだよね」というもう一人の鼻声の女の子の考察に私も心の中で頷くのだった。

 しかし、私が知りたいのはラーメン屋の考察ではない。もう伊東四朗の話は終わってしまったのだろうか。残念に思っていたその時、鼻声の女の子がA子に向かって口を開いた。

「最近はアイコン、サガンだよね」

「『悲しみよこんにちは』のサガン?」と男が言う。

「そうそう、そのサガン」と彼女は言う。

 サガン?と私は思った。伊東四朗じゃないのか? それとも、サガン似の伊東四朗なのか。

「あそこの店長に、サガンに似てるって言われたから」そして何事もないように「でも、あそこの店長って女子に厳しいんだよ」と続ける。

「ああ、そうかも。逆に、うちの社長は気に入られてて、スペアリブを丸ごと貰ってきたよー」などと徐々に訳のわからない話になっていった。正直に言うと、この訳のわからない話の展開に私は翻弄されていたのだ。しばらくすると誕生日の話になり、

「私と慶太は誕生日が一緒なのー」と鼻声の女の子が言う。

「へぇ、何日?」とA子が言った。

「五月四日」

「あー、Bちゃんも同じ誕生日だよー」

「えーほんと? 私に似てる?」

「ぜんぜん似てないよぉ」

 そりゃそうだろう。むしろ、伊東四朗はどうなったのだ。

「でも、すごくそっくりな人っているんだよ。なんて言ったっけ」とA子が言うと、

ドッペルゲンガー?」と男が言った。

「そう、それ! ドッペルゲンガー

 すると男は思い出したように、鼻声の女の子に向かって

「そう言えば、写真使って、そっくりな人を検索できるアプリがあるよ。A子ちゃんのドッペルゲンガーも見つかるかもね」と言うと、

「でもA子ちゃんは伊東四朗が出てくるじゃん」と鼻声の女の子は言うのだった。

  やはり伊東四朗なのか? 私は顔を見てみたい衝動を必死にこらえていた。自分のドッペルゲンガーに出会ってしまうと死ぬという伝説をその時咄嗟に思い出した。もちろん、そこにいるのは、仮に居たとして伊東四朗ドッペルゲンガーである。しかし、何か見てはいけない気がしたのだ。

ドッペルゲンガーって絶対居るんだって」とA子は答えた。何を根拠に言っているのかわからないのだが、にもかかわらず自信に満ち溢れて彼女は続けた。「でもね、ぜんぜん違う国、例えばアフリカに居る可能性が高いんだって」

「アフリカ?」と私は思った。アフリカの伊東四朗なのか?

  そうこうするうちにようやく店内に通され、特別なカツカレーとビールを頼んだ。私はカレーとビールに夢中で、伊東四朗似の女の子の顔を結局みられなかった。出てきた般°若の特別なカツカレーは、贅沢なカツとサラサラでスパイシーなカレーが相まって、文字通り特別うまかった。そして、それはついに見ること の叶わなかったドッペルゲンガーとしての伊東四朗とともに深く私の記憶に刻まれることになった。

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