可笑しなことの見つけ方

日常で見つけた可笑しなことを書いていきます。毎週木曜日20時ごろ更新予定です。

アマンさんのところのビール

後輩が首都クアラルンプールから遊びに来て一緒に市内を観光して回った。5月の連休のことだ。昼間は人もまばらな通りは、屋台へとやってきた人で溢れていた。そして、私たちはビールを求めていた。いや、1日町歩きをしてはいたが、喉がカラカラに乾いていた、というわけではなかった。こちらは日本と違って日没も遅い。日が暮れる前からすでに近くの店でビールをいくらか飲んだ後、酔いを覚ましながら、もう少しツマミとビールを求めてあたりを徘徊していたのだ。

すっかり暮れた通りの電球で照らされた屋台とそこに群がる人たちの光景を見るだけで新鮮な気持ちになった。屋台の前には赤や青のプラスチックの机と椅子が並んでおり、皆頼んだものをそこで食べていた。夕方は突然の豪雨がしばしば訪れるため、彼らは軒先のテントが届くあたりの席を確保しなくてはいけないのだ。私たちは濡れないように家族で身を寄せ合って少し窮屈そうに食事をしている人たちを覗き込むが、ビールを飲んでいる人は一向に見当たらない。屋台を覗くと、そこにはHeinekenとロゴの入ったメニューボードにメニューが書き込まれていた。この店はビールを扱っているのではないか。酔いの回った私たちは期待を抱き、後輩が店員に訊いた。しかし、彼らはなぜそんなことを聞くのかといった表情で、ビールは取り扱っていないと答える。ビールのロゴがあるからといって、ビールがそこにあるとは限らないのだ。

私たちは並んだ屋台を歩き、食欲を掻き立てる香りに導かれ、ふくよかな老婆が麺を炒めている店で足を止めた。メニューボードには大きなロゴで「Tiger Beer」と書かれていた。麺を頼み、そしてビールを取り扱っているかと私たちが尋ねると、老婆は炒める手元から少し顔を上げて、
「ビール? ビールはうちはやってないんだよ」
と言ったのだった。一旦私たちは落胆したのだが、彼女は続けた。
「ビールはねえ」
彼女は視線を隣の屋台の方へと移し、
「ねぇ、アマンさん、アマンさーん、この人たち、ビールだって」
と声を上げた。私たちが隣を向くと、そこには小太りでTシャツ姿のおじさんが席に座った客にテキパキと給仕していた。私たちは突然期待に満ちあふれた。なにしろ、アマンさんの屋台はメニューボードにビールのロゴがあるだけでなく、彼自身がでかでかと「Carlsberg」とプリントされたTシャツを着ていたからだった。

アマンさんは皿を持ったまま私たちの方へとやってきた。老婆はもう一度、言った。
「このお客さんたち、ビールが欲しいんだって」
すると彼は私たちの顔を満面の笑顔で見つめて、こう言ったのだ。
「ビール?」
私たちは唾を飲み込み、頷いた。すると彼はもう一度、ニコッと笑い、
「ビールは、ないよっ」
と言い放った。彼の胸には、Carlsbergの文字が大きく輝いていた。彼は自分の屋台の中へと帰っていった。私たちは顔を見合わせて笑わずにはいられなかった。しばくして、結局私たちはビールにありついた。反対側の2、3軒くらい向こうの店がビールを置いていたのだ。

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