可笑しなことの見つけ方

日常で見つけた可笑しなことを書いていきます。毎週木曜日20時ごろ更新予定です。

一番乗り

「友田さん、あれ、行ってきましたよ!」
 そう言いながらギラギラとした目つきで職場の後輩が追いかけて来た時、いったい何のことを言っているのか私にはわからなかった。元はと言えば、私が焚きつけたのだった。去年の暮れのこと、昼食時に職場の後輩が選挙の投票所で最初に投票する人は箱が空なのを本当に確認しているのだろうかとつぶやいたのがきっかけだった。そしてつぶやく彼は、実際のところ自分自身が一番乗りを果たしてみたい、と言っているように私には感じられたのだった。そこで私は言った。
「ひょっとしたら、誰も確認なんてしてないんじゃないか?」
 すると彼はますます気になるという顔をした。
「日本にこれだけ投票所があるんだから、そこで一番になることなど、容易いことだ。君ならできるよ!」
 私がそう言うと、
「たしかに、そうですね!」とテンションが上がりに上がった彼は興奮しながらどこかへ行ってしまった。それっきり私は焚きつけたことなどすっかり忘れていたのだったが、彼は実際に一番乗りに挑戦したのだった。
 彼は12月の衆院選の当日、またとないチャンスに用心して投票所に10分以上も前に到着したのだった。そこには、すでに数人の男性が立っていた。彼はしまったと思った。やはり一番乗りのためには、もっと早くに来るべきだった。もちろん、一番乗りが投票箱を確認するかどうかを見届けるのが目的であり、彼は定刻になるのをそこで並んで待っていたのだった。
 間も無く7時になるという頃になっても、後からは誰も来なかった。そして、ぼーっとしながら立っている彼に、前に立っていた背広姿の男がこう言ったのだ。
「ひょっとして、投票に来られた方ですか?」
 そこに立っていた男性たちは選管の係員だった。つまり後輩は完全に選管係員に溶け込み同化していたのである。
「はい、そうです」と答えると、係員はすぐに彼を中へ案内した。
「あと2分です…あと1分です…」係員が場内に声を響かせる。そして、いよいよ定刻になった。後輩はついにきたその瞬間に興奮していた。係員が立会人代表の長老に「では、お願いします」と言うと、その長老は声高に宣言したのだった。
「8時になりましたので、投票を開始します!」
 慌てたのは係員たちだった。
「ちがいます、ちがいます、7時です」
 そして、そのまま長老は中座してどこかへ連れられていったのだった。後輩の彼は投票用紙に記入し、そして空っぽの投票箱をたしかに確認したのだった。
 その一部始終を語る彼は本当に満足げだったのだ。そこで私は言った。
「手を入れて確認したの?」と私が言うと、
「しまった、それやればよかったです」と彼は悔しそうにため息をついた。
 さらに私は言った。「何か入ってますって言ってみたら?」
 こうして私は再び彼を焚きつけられるだけ焚きつけ、そしてすっかり焚きつけたことなど忘れてしまうのだった。