可笑しなことの見つけ方

日常で見つけた可笑しなことを書いていきます。毎週木曜日20時ごろ更新予定です。

予兆を見逃さない

 それはコーヒーショップでコーヒーを飲んでいた時だった。私の隣の席に、杖をついた八十代くらいの細身の男性と、付き添いの女性がやってきた。そして、男性を席に座らせると、彼女はコーヒーを買いに行き、そして席へと戻ってきたのだった。

「私はコーヒー、先生はアメリカンですよ」
 彼女がその男性に説明していると、後ろから店員がやってきてこう言ったのだ。
「恐れ入りますが、ミルクとレモンを間違えておりましたので、お取り替えいたします」
 それだけなら、なんのことはないただの間違いだ。しかし、私はうっかり見てしまったのだ。コーヒーカップのソーサーの上には黄色いレモンのポーションが6つか7つも載せられているのを。私は思った。これはこれからなにか可笑しなことが起こるに違いない。可笑しなことが起こるときには、必ず予兆があるものだ。そしてそれらは普段なら見逃してしまうような細部に宿るのである。私はそれを決して見逃さない。
 コーヒーを飲みながら、彼女は男性に明日のスケジュールについて確認をしようとしていた。先生はぼんやりしていた。
「明日は先生、あのこないだ行ったタンメンの店に顔を出しましょうか」
「ふぅ。そーねー」
 何やら噛み合ない会話がつづいた後で、彼女はまわりを見回し突然こう言ったのだ。
「先生、ここはみんな勉強してますねぇ。私たちもそろそろ勉強を始めましょうか?」
 勉強?と私は思った。いよいよ可笑しなことがはじまりそうな予感がしてきたのだった。彼女は鞄から紙とペンを取り出すと、すでに書いてあったものを読み上げはじめたのだ。
「山田食品は、次男光司に譲ることとする。これでいいですか?」
 まさか遺言状の読み合わせがはじまるとは予想だにしなかった。私は突然始まった遺言状案の朗読に茫然とするしかなかった。いったいどうしてコーヒーショップで遺言状を書くことになったのか、私にはわからない。そして先生もまた、あまり乗り気ではないのだった。
「ふぅ、そうねぇ、うん」とはっきりしない返事をするだけなのである。しかし、曖昧な返事をしている先生とは対照的に、彼女はさっさと遺言状を完成させたいたいのだろう。前進すべく即断を求めていくのだ。矢継ぎ早に彼女は言った。
「山田食品は、次男光司に譲ります、の方がいいですか?」
「そうねぇ」
「次男光司に譲る、にしましょうか? こっちの方がシンプルいいですわね」
 しかし、彼女もまた、文体の選択という沼に脚をすくわれ、前進を阻まれているのだった。