可笑しなことの見つけ方

日常で見つけた可笑しなことを書いていきます。毎週木曜日20時ごろ更新予定です。

ただ繰り返し届くハガキ

 夏の初めに引越した直後のことだ。私宛のものに紛れて、前の住人宛の何通かの郵便物が郵便受けに投函されていた。郵便局への届けが遅れたのだろう。私はすぐさま「転居されました」と朱書きして、間違って届いた郵便をポストに投函しにいったのだった。
 数日経って、そのうちの一通だけが私の手元に戻ってきた。それまできちんと見ていなかったが、宛名にはおそらく前の住人とおぼしき女性の名前が書かれており、そしてその隣に並ぶようにして

「アリスちゃん」
と書かれていた。私はこれはいったい誰なんだろうかと思った。なにしろアリス「ちゃん」だ。そして裏面に書かれた差出人を見てようやく合点したのだ。
「○△アニマル・クリニック」
 なるほど、動物病院からの案内で、アリスちゃんというのは女性に飼われていたペットのことだ。裏面にはこのように書かれていた。
「アリスちゃん、お元気にお過ごしですか? ワクチンの接種の時期が近づいてきましたので、ご来院くださいね。」
 そして、そのメッセージの隣には、可愛らしい小さなチワワの写真が印刷されていた。ことによっては命に関わるのではないか。なにしろワクチンだ。このチワワが苦しんでいる姿がふと思い浮かんだ。私はハガキの朱書きされた「転居されました」を赤いペンでもう一重ぐるっと枠で囲い、目立たせるようにしてから、急いでポストに投函しにいった。
 さらに数日経って仕事から帰ってくると、郵便受けにやはり入っていた。そうだ、入っていたんだ、ハガキが。そんな気がしたのである。私は思った。アリスちゃんにはワクチンの接種が必要なんだよ。郵便局はいったいなにをしているのか。飼い主はいったいなにをしているのか。そしてまた私はなにもしてやることができないことに苛立ちを覚えた。
 おまけにハガキには何やら細長い付箋が貼付けてあり、よく見てみると薄い鉛筆でこう書かれていた。
「貴局で処理願います」
 もちろんうちは郵便局ではない。まして、薬局でもない。仮に薬局なら、アリスちゃんに処方して、お薬を出してあげることも可能かもしれないが、違うものはどうしてあげることもできないのだ。
 ただ困り果ててハガキの裏を見ると、アリスちゃん宛のワクチン接種の案内の横に印刷された可愛らしいチワワがこちらを見ていた。その時私は気づいた。ワクチンを必要としているアリスちゃんは、チワワとは限らないのではないか。よく考えてみてほしい。ペットを飼っているひとに宛てて手紙を出すときに、相手の飼っている動物の写真をわざわざ一緒に載せるだろうか。すると、むしろ相手の飼っているのはチワワではないと考える方が自然だという気がしてくる。アリスちゃんはいったいどんな動物なのか。私は仮に「不思議の国のアリス」に出てくるウサギであると信じることにした。そして、ダメもとでもう一度、ポストに投函しに走った。
 そのハガキがちゃんとアリスちゃんの元に届いたかはわからないが、二度と私の手元には戻ってこなかった。アリスちゃんは無事ワクチンの接種を果たしただろうか。近くにアリスちゃんというペットを飼っているひとを見つけたら、ワクチンのことをぜひ伝えてほしいのだ。たぶん、チワワではない。