可笑しなことの見つけ方

日常で見つけた可笑しなことを書いていきます。毎週木曜日20時ごろ更新予定です。

そっくりな二人

職場の近くに毎日のように通う店がある。一つは朝、ペットボトルの水を買いに行く売店で、もう一つは昼食で通うカフェテリアの一角にあるドリンクコーナーだ。いや、カフェテリアというよりも、古いフードコートと言ったほうが雰囲気が伝わるだろうか。ドリンクコーナーのおばちゃんは、私がここに来てしばらくした頃から、飲み物を買いに立ち寄ると「あなた、日本人なの?」とか「今日も、テータリクかな?」としばしば気軽に話しかけてくれたのだった。

テータリクというのは、ミルクティーのことで、カップに注ぐ前に高いところからポットに繰り返し泡立つまで注いで作るこちらの飲み物だ。空気を含んだミルクティーは甘くまろやかであり、私はこちらに来て以来、すっかりこの味を気に入ったのだった。頻繁にテータリクを注文する私のことをおばちゃんも覚えてくれたのだろう。ある時、どうやって日本人とわかったのか、尋ねてみると、雰囲気でわかったのだという。どういう雰囲気を出しているのか私にはわからないが、彼女には何かわかるらしい。

一方、毎朝のように水を買いに寄る売店の店員さんたちは、大学生くらいの年代で、お世辞にも愛想がいいとは言い難い。私が水を買う間も、こちらを見ずに店員同士で話していたり、時には電話しながらお金だけを受け取ったりするのである。

ある日、私がその売店に立ち寄ると、いつもの店員とは違い、年配の女性が一人レジの前に座っていたのである。そして水をカウンターに置くと、ただ「1リンギ」とだけ無愛想に言ったのだ。売店を出てから私は気づいた。さっきの女性は、フードコートのドリンクコーナーのおばちゃんに似てはしないか? もしかしたら同じ人物だろうか。いやしかし、あのフードコートのおばちゃんはもっと愛想がいい。このようなことは何も初めてではなかった。日本人同士なら簡単に見分けられても、外国の人となると、途端に見分けることが出来なくなる。きっと顔が似ているだけだったのだろう。

その後も、何度か同じようなことがあり、ひょっとして同一人物ではないかと考えた私は、愛想よく「ハロー」と声をかけてみたのだが、女性は無愛想なままである。
「あなたは、あそこの店でも働いてる人ですか?」
と唐突に聞くのも変な気がし、事実は確認できないまま時間が過ぎた。こうして、似てはいるが別人であるおばちゃんというふうに私は理解するようになったのである。

しばらく通い続けるうちに、フードコートで働く人たちも少しずつ入れ替わっていった。飲み物を作っているインド系の中年の男は、マレー系の茶髪の若い男に変わった。店員の女の子もしばしば変わった。しかし、愛想のいいおばちゃんだけはかわらなかったのである。ある日、朝水を買いに行くと、レジには誰もおらず、しばらく待っていると、裏口で品物の入ったダンボールを搬入していた男が店の奥から出てきた。そして私は驚いた。ドリンクコーナーの若い茶髪の男だったからだ。

ここで私は再び混乱することになった。というのも、まったく関係ないと信じていた二つの店は、実は深い関係にあるのかもしれないからだ。何しろ、両方の店でこの若い茶髪の男は働いているのだ。私は驚きのあまり声を出しそうになった。しかし、それからも1度だったか、水を買いに行くと無愛想な女性がいた。同じ人物であっても、もはや不思議もないのだが、では一体いつもあんなに愛想のいいおばちゃんがどうしてこの売店ではこんなにも無愛想なのかわからなかった。そして私は、この二人の対照的なおばちゃんは、姉妹であるに違いないと結論付けることになったのである。妹は愛想がいいが、姉はそうでもない。だとしたら、顔が似ていることにも説明がつく。そうだ。姉妹なのだ。そうに違いない。私はもうそれだけがこの事態を説明できる唯一の答えであるとまで思うようになった。

つい先日のことだ。売店を訪ねると、カウンターに居たのは時々現れる愛想のないおばちゃんだった。いつものように水を置くと、やはり無表情で「1リンギ」とだけ言う。姉の方だ。私がそう思いながらお金を払って立ち去ろうとした時だった。表情を変えず、

「テータリクかい?」

と突然言い、あはははと破顔して笑い出したのだ。意表を突かれた私も大いに笑った。やはり同じ人物だったのだ。これまでは一体何だったのか。

「こっちの売店でも働いてるの?」

と私が尋ねると彼女はこう答えた。

「今週だけねー」

そう言うと再び彼女は大きな声を上げて、あははははと笑い出したのだった。

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