可笑しなことの見つけ方

日常で見つけた可笑しなことを書いていきます。毎週木曜日20時ごろ更新予定です。

焼き飯好きの男

電車まで少し時間があったので、クアラルンプールの駅から少し離れた場所にある中華料理の店に行った。私が食事をしていると、スコールが小雨になったタイミングで次々と客が入ってきた。

他のテーブルもたくさん空いているのだが、小太りの男は、私が座っていた丸いテーブルの向かい側に案内された。座るとほとんど迷うことなく、彼は店員のおじさんに注文をした。
「焼き飯を二つ。それからチャイニーズティー」
男は一人だ。「二つ?」と私は思う。淡々としている店員のおじさんも一瞬「えっ?」と驚いて表情を変え、聞き返した。男はどう言えばいいものか考えた。遅れて連れがやってくるのか、それともすごくお腹が空いているのか。ややあってから、彼はこう言った。
「焼き飯を二つ。一つはここで、もう一つは持ち帰りで」
店員のおじさんもそれで納得し、店の奥に消えたが、男は少し未練があるような表情をしていた。向かい側から様子を伺いながら、頭の中では
「焼き飯を二つ。なぜなら、私は焼き飯が大好きだから」
と言う彼を想像せずにはいられなかった。実際、彼はここで2人前を食べようとしていたのではないか。

隣のテーブルではインド系の女性2人と小さな男の子がメニューを見て注文している。子供の母と祖母だろうかと私は想像してみる。食事をしている間に、外は再び土砂降りになり、食べ終わっても、一向にやむ気配がない。仕方なく私は残ったビールを飲みながら雨が止むのを待っていた。

しばらくして、向かい側の男の前に焼き飯が運ばれてきた。皿に盛られた焼き飯は、よくあるお玉をひっくり返したような形だが、お玉というよりは、どんぶりを思わせる大きな山だった。触っていたスマホをポケットに仕舞うと、男は焼き飯を口に運びはじめた。時折チャイニーズティーで口をゆすぎながら、黙々と食べ続ける。やはり焼き飯が大好きなのだろう。

外の雨の様子を気にしているような振りをして、向かいの席の男が焼き飯を口に運ぶのを観察していると、口元に持ち上げたスプーンがピタッと止まり、細長い目の中で黒目がぎゅーっと目の端に動くのが見えた。視線は隣のテーブルに釘付けである。一体何が隣のテーブルに起こっているのか。私はそれとなく隣のテーブルを見た。隣のテーブルにはアルミ製の大きな盆のようなものに、うず高く盛られた大量の焼き飯が置かれていたのだ。楽しそうに話すインド系の家族はめいめいにそれを皿に取り、今まさに食べようとしていたのだった。

男はしばしその光景に釘付けになった。あれにすればよかったと彼は考えていたのかもしれない。いや、まさに2人前をここで平らげようとする計画がくじかれたばかりだった。彼は次はあれを平らげて見せると決心した。そして再び自分の皿から黙々と焼き飯を食べはじめた。口へと焼き飯を運ぶ動作はさっきまでよりも心なしか力強く感じられた。

電車の時間が迫っていたので、私は会計を済ませ、雨の中外へ飛び出した。次は私も焼き飯を食べてみようと心に誓った。

 

f:id:tonchin:20160325181433j:plain