可笑しなことの見つけ方

日常で見つけた可笑しなことを書いていきます。毎週木曜日20時ごろ更新予定です。

掛かってきた電話

代休を取って平日の午後に自宅で本を読んでいると、携帯電話が鳴り出した。クアラルンプールを表す03の市外局番だが、番号に心当たりはなかった。電話に出てみると、相手の女性は何かしら名乗った後、
“Are you Mr. Anago?”
と言ったのだ。
「そちらは、アナゴさんですか?」
もちろん、私はアナゴさんではなかった。確かに私はアナゴが好物だが、さりとて一人の人間としてしばしばアナゴの味に舌鼓を打っているに過ぎず、「ミスター・アナゴ」の異名を手にするいわれも資格もない。つまり、間違い電話だったのである。いったい、アナゴさんなどという人がどこかに実在するものだろうか? このことをきっかけにして、かつて掛かってきた数々の間違い電話を私は思い出すことになったのだった。

学生時代だったと思うのだが、気付くと留守番電話にメッセージが入っていた。再生してみると聞き覚えのない男の声で、彼は切実に、
「ミサワさーん、ミサワさーん」
とミサワさんを呼びかけていた。三沢さんだろうか。それとも三澤さんだろうか。もちろん、私は三沢さんでも、三澤さんでもなかった。いったい三沢さんとは誰なのか。まったく心当たりはないものの、不思議なことに私には突然、この男と三沢さんの姿が頭に浮かんだのである。それは、東南アジアの工場から日本の中小企業の社長であるところの三沢さんに緊急に連絡を試みようとする一人の外国人の男の姿だった。

私にはそのような知り合いはいない。であれば、これは誰なのか。その後何度かこの男から電話が掛かってくるうちに、この「ミサワさーん」という呼び声が、まるで「シャチョーさーん」という東南アジアの人たちと重なったからかもしれないと思うようになった。いや、定かではないし、そう言ってみるとそれはまた違うような気がしてくる。

スイスからの間違い電話が掛かってきたこともある。友人がちょうど新婚旅行に行っていた時期だったので、ひょっとしたらと思い、留守電のメッセージ再生した。しばらく無言がつづいた。しかし、受話器を持つ相手がそこにいることは確かだった。私は耳を澄まして、相手が話し出すのを待った。2、3秒のことだっただろう。突然、不安げな女性の声が聴こえた。
「Hello?」
そして、メッセージはそこで終わっていた。あれはいったい誰だったのだろう。

先日、気付かぬうちに携帯電話の着信履歴が残っており、+221とあった。調べてみるとそれはセネガルの国番号だった。メッセージはなかった。誰が誰に電話をしようとしたのか、もはや私には知るすべもないのである。