可笑しなことの見つけ方

日常で見つけた可笑しなことを書いていきます。毎週木曜日20時ごろ更新予定です。

20周年を祝う

 定期的に通っている内科クリニックの混み合った待合室でソファに座っていた。ふと玄関近くに置かれた鉢植えに目が止まった。それほど大きいわけではないそれはよく見るとお祝いの鉢植えで、
「祝 クリニック開院 20周年」
と書かれていた。もちろん、クリニックにも歴史があり、それに応じて苦難があり、それを乗り越えて今ここに存在するクリニックはめでたいに違いない。一方でどこかこの鉢植えが場違いな気がしたのだった。
 その思いを強めたのが鉢植えに書かれた「スタッフ一同」の文字だった。院内にただ一つぽつんとスタッフ一同からの祝いの鉢植えが置かれる時、私はいつもの製薬業者はどうしたんだ、玄関マットを交換に来るダスキンはどうしたんだと考えた。ひょっとして、出入り業者に催促するために玄関に鉢植えを置き、20周年の節目を知らせていると言うのだろうか。そんなことをしばし考えた後で、製薬会社らの鉢植えや花が並んだのを思い浮かべ、それでもやはり場違い感はなくならないということに気づくのだった。
 どうやればクリニックにしっくりとくるお祝いの鉢植えを置くことができるだろうか。患者からの花や鉢植えが並べばいいのだろうか。そりゃそうだろう。これまで通院しお世話になった患者の私たちがお祝いの言葉や花を贈り、先生に感謝する以上のふさわしいものなどないのである。
 それ以来、なぜだかわからないのだが、それ自体が場違いであるような花の例を考えていた。それ自体は素晴らしく、感謝の気持ちにも溢れ、でもなぜか場違い感が漂ってしまうもの。しばらく考えて、ようやく私は思い当たったのだ。
「祝 市制65周年記念図書館 開館20周年」
 つい足し算や引き算をしてしまうが、どうやったところでキリの悪さが拭えない。せっかくの20周年にもかかわらず、なぜか微妙な空気が漂っているのだ。しかし、もしそんな状況に出会ったなら、私はすかさず祝いの花にメッセージを添えて贈りたいものだと思ったのだった。