可笑しなことの見つけ方

日常で見つけた可笑しなことを書いていきます。毎週木曜日20時ごろ更新予定です。

映画『ゴーン・ガール』と失くしたもの

 試写会で『ゴーン・ガール』を観た。アメリカ中部の田舎町に移り住んだ夫婦の結婚記念日に、夫が帰宅すると妻が失踪しているのだ。不穏な空気が漂っている。誘拐なのだろうか、それとも。気づけば私はあらゆるものを疑いの目で見ている。どれが本当で、どれが嘘なのか、どれが素で、どれが演技なのか。どうやったらそれを知り、あるいは相手に信じてもらうことができるだろうか。だんだんとわからなくなってくる。私はそんな映画を怖がりながら楽しんだのだった。
 話は変わるが、先日、参加したイベントのパーティの帰り際に、パスケースを失くしてしまったことに気づいた。いったいどのタイミングで落としてしまったのだろうか? まったく見当がつかないのである。すぐに警察に届け、Tカードを停止するためにコールセンターに電話をした。ここまでは順調だった。ところが、このカードにはご存知のようにレンタルとポイントカードの機能があり、どうやらこれはまた別のコールセンターで手続きをする必要があるらしいのである。
 何か嫌な予感がしたのだ。電話に出た男性が本人確認のために住所を問う。私が住所を言うと、
「えー、恐れ入りますが、ちがうようです」
と言う。そうだった、私は前回引越した時に、住所変更をきちんとしていなかったのだった。そこで、前の住所を思い出しながら言ったのだ。
「うーん、それもちがいます」
コールセンターの男は冷たい声で言う。私は少しずつ自分が誰か他人になりすまして、嘘をついているような気分になり、焦りながらこう言うのだった。
「住所変更の手続きをちゃんとやってなかったのかもしれません。その前の住所は、所番地までは覚えていないんですが、八王子市××町 ○○寮だと思います」
なんとかそう伝えると、再び彼は
「いずれの住所も違います。では、電話番号はどうですか?」
と半ば呆れた様子で言うのだ。うっすらと汗をかきながら、携帯電話の番号を言ったのだが、
「登録されている番号とは違うようです」
と言い返されると、私はもはや6年ほど前から番号を変えていないことを思い出し、
「それ以外の番号は思い出せません」
と言うよりほかなかったのである。
 もちろん、きちんと手続きをしていなかった私が悪い。しかし、と私は思うのだ。仮にきちんと変更していなかったとして、3つも、4つも前の住所を答えなければならないような状況に陥った時に、3つも、4つも次々と住所を諳んじられるような男など、きっと本人ではないにちがいない。どちらかと言えば、
「わからなくなってきました」
と答えるものの方が本人だろう。しかし、わからなくなった者が、ただ茫然とすることを認めてはくれないのである。
「固定電話は持ってませんか?」
「このカードを最近どこで使いましたか?」
「もっと最近どこかで使っておられませんか?」
彼は次々と私に質問をぶつけつづける。私は私であることを認めてもらうために、投げかけられた問いに、必死に答えつづけねばならない。
「あなたは本人ではありません」
いつかそう言われるのではないかと想像することは恐怖以外の何ものでもないのである。
 『ゴーン・ガール』の話に戻ろう。3時間近い長編ながら、観客に息をつかせることなく、真相はどうなっているのかと考えさせる。登場人物も観客も、トラブルに巻き込まれ、時に自分が信じていることが間違っているのかもしれないと考え、わけがわからなくなってくる。しかし、茫然として立ち止まることは許されない。その恐怖たるや、もはやジョークとして時々笑いながら観るよりほかない。ぜひ劇場に足を運んでほしい。

f:id:tonchin:20141211084914j:plain