可笑しなことの見つけ方

日常で見つけた可笑しなことを書いていきます。毎週木曜日20時ごろ更新予定です。

カタルーニャの男

 ふと思い立って八月に岐阜県白川郷を訪ねた。友人に教えてもらった高山からのツアーバスに乗り込むと、さすがは世界遺産だけあって、外国からの旅行客でいっぱいだった。ちょうど隣の席になったのがバルセロナから休暇を利用して日本に旅行に来た20代の青年だった。たまたま去年から私は少しスペイン語を勉強していたため、「スペイン語を勉強してるんだよ」「どれくらい?」「ソロ、ウン、ポコ(少しだけ)」などと話したところから会話が始まったのだった。

「どうしてスペイン語を勉強しているの?」
「『ドン・キホーテ』を読んでからスペインに興味を持ってるんだよ。それから、ラテン・アメリカだけどガルシア=マルケスとかね」
 すると彼は途端に盛り上がって、小説の話をはじめた。
「ガルシア=マルケスはすごく素晴らしい小説家だ」と彼は言った。覚えたてのスペイン語で
“Cien Años de Soledad”
と『百年の孤独』のタイトルを言うと、彼はにこっと笑った。彼もまた小説をたくさん読んでいたのだった。よく考えてみると、日本でスペイン語圏の小説といえば、だいたいガルシア=マルケス、バルガス・リョサとみなラテン・アメリカであり、スペイン本国の小説で思いつくのは、セルバンテスの『ドン・キホーテ』だけだったりする。
 そこで私は彼にスペインでよく読まれている作家はどんな人がいるのか聞いてみた。
 フアン・マルセー
 カミロ・ホセ・セラ
 どれもはじめて聞く名前だったが、こうして現地の人から聞くと、ぜひ読んでみようという気持ちになる。心配していた天気は持ち直し、白川郷は晴れていた。少し暑いくらいの白川郷を彼と話しながら見て回った。
 帰りのバスのなかでは翻訳されている日本人作家の話になった。彼もまた村上春樹を読んだと言っていた。本当に小説をよく読んでいるのだった。いちばん好きなのは、ロシア文学だと彼は言った。
 もうすぐで高山と帰り着くというところで、そんな彼がとっても深刻そうな表情をして言ったのだった。
「日本について私にはとても不思議に思っていることがあるんです。質問してもいいですか?」
「もちろん」
 私はどんな問いがこの青年から発せられるのだろうかと固唾を飲んで待った。
「夜、渋谷の街に行くと、日本の女性はみんな美しい。」
 突然何を言い出すのかと思った。そして、彼はさらにつづけるのだった。
「ところが、京都に行くと、女性は一日中美しい。それはなぜか?」
 私は少し考えた。渋谷の昼間は仕事の人も多い。京都は旅行客などが多くて、昼でも殺伐とした雰囲気がない。そういう理由なのではないかと私は説明した。しかし、正直なところ、答えはわからなかった。そもそも、それは事実なのだろうか。わからない。そして、なにより彼がどうしてそこにもっとも深い疑問を持ったのか、やはりわからなかったのだった。

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