可笑しなことの見つけ方

日常で見つけた可笑しなことを書いていきます。毎週木曜日20時ごろ更新予定です。

シュラスコを食べる時に気をつけること

 会社の人たちとシュラスコを食べに表参道へ行った。テーブルに着くと、剣のようなものにロース、ランプなどさまざまな部位の肉を塊のまま突き刺し、火で焼いたものをつぎつぎに店員が持って回ってくる。そして目の前で肉切りナイフで焼き色の付いた表面をすっと削ぎ、皿に入れてくれるのだ。また、サラダバーが充実しており、とにかくサラダがうまい。いろんな生野菜、ピクルス、蜜漬けなどが所狭しと並べられており、これはサラダなのか?という感慨を覚えるほどである。それだけでも食べにいく価値があると思うのだが、ここで考えたいのは、やはり肉の食べ放題の方だ。
 実にさまざまな部位をもって店員さんが回ってくる。最初は勢いよくあれこれ皿に入れてもらうのだが、あっというまに腹が膨れはじめる。「もうお腹いっぱい」ということになれば、テーブルに置かれたコインのようなものを裏返すと、それが「要りません」という意味になり、どの部位を持った店員も肉を持ってこなくなる。それが基本となるルールだ。ところが、本当に腹がいっぱいで何も入らないという状況にはほど遠い、ものによってはまだ食べられる、というタイミングがあるそんな時には気をつけておきたいことがある。
 店員がやってくる。
「ハツです。いかがでしょうか?」
よりによってハツだ。一瞬みんなが迷う。結構お腹いっぱいだしな、一度は食べたしな、どうしようかな。そして、
「あー、結構です」と申し訳なさそうに断るのだ。
そんな店員が去ると間髪を入れず、ロース肉を刺した剣を持った店員が笑顔でやってくる。
「ロースです。」
われわれは一瞬躊躇うものの、
「はい。おねがいしまーす」と苦笑いで答えるのだ。
しばらくすると、再び彼がやってくる。そう、ハツ係の彼だ。
「ハツです。いかがでしょうか?」
今度はみな迷わずに、若干怪訝そうな顔をして言う。
「ハツは要りません」
肩を落として彼はほかのテーブルへと歩いていくのだ。
 ハツには興味がなかった私だが、後ろ姿を見て、ハツ係の彼のことが気になったのだ。よく考えてほしい。ロース係の彼のように、
「いかがですか?」
と言うと、みなが待っていましたと笑顔で受け入れ、少々お腹がいっぱいでも、
「おねがいしまーす!」
と言ってくれるものをずっと給仕しつづけた場合と、
「うーん、どうしようかな、、要りません」
とか、はなから
「いらいない」
と怪訝そうな顔をされつづけた場合とで、その人の性格に影響が出ないはずがないと思うのだ。しかも、鶏ハツは必要なのだ。サーロインやロースという花形ばかりではつまらない。鶏ハツのような脇役が居てこその主役が引き立つというものだ。だから、私はまたシュラスコに行くことがあれば、ハツ係にこそ笑顔で接しようと思いを新たにしたのだった。
「わたし、シュラスコなんていかないしー」と思っている方はぜひ次のようなことを想像してほしい。職場から帰ってきたパートナーが、えらく消耗していたとして、
「どうしたの?」と聞いたとしても、なんだかよくわからない反応しか返ってこなかったとする。
 その時はきっとこうなのだ。会社で一日じゅうハツの給仕をさせられていたのだ。そして、彼/彼女は一日、社会的ハツ係の勤めをたった今終えたばかりなのだ。