可笑しなことの見つけ方

日常で見つけた可笑しなことを書いていきます。毎週木曜日20時ごろ更新予定です。

みんなで天ぷらを

 可笑しな話を日々集めて書いていると、周囲から可笑しな話が集まってくる。宇治拾遺物語の編者もこういう心境だったのだろうか。会社にマツヤマという後輩がおり、彼もまた私が可笑しな話を収集していると知って、自身が経験した可笑しなことを教えてくれた。

「正月に帰省した時に、お父さんと妹と天ぷらを食べに行ったんです」

 会社の食堂で夕飯を食べていると、彼は話し始めた。九州の空港近くにある天ぷら屋の話だ。その天ぷら屋は手頃な値段にも関わらず目の前で揚げたての天ぷらを食べさせることで有名で、ずらっと並んだカウンター席には客がぎっしりと埋まっていた。しばらく待って、食券を買い、ようやく彼は父と妹と一緒に席に着いた。3人とも大きなエビの天ぷらの入った「あじわい定食」を頼んだ。

 家族水入らずで和やかに会話を楽しんでいた。みな笑顔が止まらない。それは久しぶりに再会したのもあるが、やはり天ぷらへの期待感である。ところが、突然父が異変に気付いたのだった。

 カウンターの台の上に置かれた札の色が父の前に置かれたものだけ違うのだ。丸い小判型のプラスチックの札は赤、赤、青だった。その店では注文すると、各々の前のカウンターの上に、プラスチックの札が置かれるらしい。注文の内容をカウンターの中で天ぷらを揚げる職人にわかるようにするためだ。この色の違いはどういう意味なのだろうか。

 父親は通りかかった店員を呼び止めた。そして、笑顔のまま、こう言ったのだ。

「あのー、店員さん。3人とも同じものを頼んだよ」

 ところが、店員は意味が分からなかったのか、豆鉄砲を食らったように顔に「?」また一つ「?」という表情を浮かべた。父親は、今度は少しゆっくりと言い直した。

「3人とも、、同じものを、、頼んだよ」

 こう言ってから、店員をにっこりと笑いながら見つめ、そして「ねっ」という顔をしてみせた。

 店員は、にっこりと微笑み返し、そして合点した様子で、カウンターに手を伸ばした。札を交換するのだろうと、3人はほっと安心して会話に戻ったのも束の間、店員は1枚だけ置かれた青い札をひっくり返したのだ。3人は固唾を飲んだ。裏が赤なのか? しかし、札はひっくり返しても青だった。意表を突かれた3人が「?」となっているうちに、その店員は満足げに去っていった。

 彼らは茫然とするしかなかった。そして、落ち着きを取り戻すと、今度は一見同じに見えるさっきの青い札と裏返した青い札の間に素人目にはわからない違いがあるのではないかと観察した。しかし、そこに違いを見いだすことは出来なかった。だとすれば、違う色の札が置かれたのには、何か深い意味があるのではないか。例えば、父の札だけが青いのは、一番の年長者が何か特別扱いをしてもらえるからではないかと考えた。それはもはや素人が口を出すことではない。

 しばらくそのまま待っているとカウンターの上に置かれたトレーに揚げたての天ぷらが置かれはじめた。二人の前にはえびの天ぷら、父の前にはあなごの天ぷらが置かれたのだった。こうなるともう父は笑ってはいられない。少し焦りながら、

「すみませーん」と店員を呼んだ。そしてやってきた店員に、

「私たち3人ともえびの天ぷらの定食を頼んだんです。あなごじゃないんです」と説明しなくてはいけなかった。

 札をひっくり返した店員は結局何をしようとしたのだろうか。父親が言ったことの意味がわからなかったということなのだろうか。しかし、満面の笑みで見つめられて、わからないなりに、札に対して何もしないわけにはいかなかった。だから、せめてもの思いで、彼は札をひっくり返してみせたのかもしれない。何かをやることが期待されている時、人はわけもわからずにとりあえず何かをやってしまうものなのだという法則をそこに見いだすのだった。