可笑しなことの見つけ方

日常で見つけた可笑しなことを書いていきます。毎週木曜日20時ごろ更新予定です。

サグラダ・ファミリアはいつ完成するのか?

 しばらく前のことだが、気になる新聞報道があった。サグラダ・ファミリアだ。バルセロナで建設を始めてから130年以上も経過して、なお建設中のサグラダ・ファミリアが設計者ガウディの没後100年となる2026年の完成を目指すというのだ。これまで、完成までにはまだ100年は掛かると言われ、長年に渉り建設を続けている教会を多くの観光客が訪れてきた。ここにきて突然完成を急ぐという報道に私は違和感を感じないわけにはいかなかった。

  大きなお世話かもしれないが、個人的な思いを言えば、これからもゆっくりと時間を掛けて完成を目指せばいいのではないかと思うのだ。あの建設中の教会の写真を見たことがあるだろうか? 地面から植物がニョキニョキと生えるようにそびえる尖塔の曲線が、その建築のために仮設されたクレーンの直線によって際だっている。私はそれがとても美しいと感じるのだ。

 それに、私たちのサグラダ・ファミリアに対する感情は、長年に渉って建て続けているということへの興味ではないかと思いもするのだ。いや、サグラダ・ファミリアに限らない。私たちは何かがまさに進行中であることによって興味をかき立てられるのだ。公開予定の映画は「絶好調撮影中」とは言っても「撮影完了」とはあまり宣伝しないし、映画のタイトルも「パリは燃えているか?」は様になるのだが、「パリは燃えていました」ではまるで「長崎は今日も雨だった」みたいで、しんみりしてしまい、映画館へ足を運ぶ気も失せてしまうだろう。やはり、何かが今も進んでいるという事実には人にそこへと足を運ばせる力があるのだ。私はここでそれを現在進行形への信仰と呼びたい。しかし、ひとたび完成してしまえば、ずっと作りつづけている教会というようなそれを的確に形容することばを私たちは失ってしまう。「かつてずっと作りつづけていた教会」では、何のことだかわからないではないか。

 一方で、この作り続けているという事実に不思議なところがないわけではない。たとえば「未だ証明されたことのない定理」というのが自ら矛盾をはらんでいるように、本来ならまだ完成していない教会は教会ではない。何しろ130年間にもわたって、まだ作っている最中なのだ。

 よく考えてほしい。たとえばそば屋に出前を頼んだのに、なかなか来ない。しびれを切らして、そば屋に電話をする。ところが何度連絡をしても、「作っているところです」と言いつづけ、そばにはありつけないとしたら、それはそば屋ではないのではないかと考えるのが自然だろう。

 ここで考えなくてはいけないのは、そもそも完成するとはどういうことなのかということだ。これまであと100年掛かると言われていたものが、突然10年ほどで完成するという。そんなにすぐに完成するのであれば、なぜこれまで一度も完成していないのか? ついつい私たちは明確な完成という状態があり、問題はそこへたどり着く速さであると無意識に考えてしまいがちだ。そもそも設計者亡き今、何をもって完成とするかは難しい。ここで今は完成していないとしよう。だとすれば、それは将来サグラダ・ファミリアになる建設中の何かであって、サグラダ・ファミリアではないということになる。しかし、建設中とはいえ、現在でも多くの人が礼拝や見学に訪れ、機能しているのだ。であるならば、巷ではあと100年掛かるとか、2016に完成するとか言われているが、私たちの予想に反して、実はもう完成しているのではないかと考えることも可能だろう。

 そんなこんなでどうもこの教会のことが気になっていたのだ。そして、手にとったのが

 磯崎新著『気になるガウディ』(新潮社刊)

である。この本の構成がすごい。巻頭がまず「ガウディ嫌いのガウディ談義」だ。「サグラダ・ファミリアの、未完であるがゆえの神話化も不快です。僕が”ガウディ嫌い”になったのは、そんな事情からなのです」とある。いきなり不快と言われて驚いてしまった。ガウディに興味を持ってこの本を手にとった読者は面食らうに違いない。さらに「『ガウディ神話』を越えて」の章では氏がなぜ建設を止められないのかとバルセロナ市都市計画局長に問うた際の回答が紹介されている。

「『無理なんだ。日本人がたくさん訪ねてきて、お金を落としていくもんだから』(中略)日本人のガウディ好きには、当地の人間も驚いているわけです」

 そこで思い出したのが、夏に見たニュース映像だった。それはお盆休みを海外で過ごそうとしている女性旅行客二人組へのインタビューだった。

 ― これからどちらに旅行に行かれるんですか?

 旅行客: スペインです。

 ―― 何が楽しみですか?

 旅行客: えっと、えっと、なんだっけあの何とか?

 旅行客の友人: サグラダ・ファミリア

 旅行客: あ、それそれ。はい、それが楽しみです。

  エスパーかという突っ込みはさておき、楽しみにしているのなら名前くらい覚えておけばいい。しかし、名前など覚えられなくても、建設中のそこを目指してしまう。まるで引力に吸い寄せられるように彼女たちは向かってしまう。日本人の現在進行形への信仰はものすごいものがあるものだとつくづく思うのだった。

 

気になるガウディ (とんぼの本)

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