こだわりの店
こだわりの店はとにかくこだわっている。「当店のこだわり! 玄米を毎朝お店で精米しています」というような貼り紙が掲示されていたり、「シェフがこだわり抜いて選んだ無農薬野菜だけを使ったサラダを特製ドレッシングでお召し上がりください」などとメニューに書かれていることもある。しかし、こだわり抜いた挙げ句に、可笑しなことになってしまった店というのも確かにあるのである。
それは理工学部のキャンパスの近所にあるオムライスが自慢の洋食屋だった。それほど広くはない。私はオムライス以外のものを食べたことがなかったが、トロトロ卵でも何でもない、オーソドックスなオムライスは確かにうまかった。隣にカツやクリームコロッケを追加する事も出来たが、これもまたカラっと揚がっていてうまかった。
ある意味ではそのオムライスやカツやコロッケこそがこの店のこだわりだったのかもしれないが、こだわり抜いたものは別の場所にあった。
「オムライス ・・・750円」
とメニューの短冊が壁に貼り出されていた。そして、その短冊には小さな字で
(オムライスに箸はつきません)
と書き加えられていた。オムライスを食べるのにはスプーンがあればいいじゃないかと思ったし、最初は深く考えなかった。たしかにカレーライスを箸で食べるという人にも何度か会ったことがあったから、ここでも箸を求める人がいたのだろうと思った。
しかし、壁を見てこだわりの異様さに気付くのだった。メニューの短冊が壁一面に並んでいる。オムライスの隣には
「オムライス トンカツ付き ・・・900円」
とある。そしてその下にも小さな字で
(オムライス トンカツ付きには箸はつきません)
とあるのだった。よく見てみると、「オムライス クリームコロッケ付き」にも、「オムライス トンカツ&クリームコロッケ付き」にも同じように但し書き
(箸はつきません)
が書かれているのだ。
壁にずらっと並んだメニューの短冊のその一枚一枚にすべて但し書き「箸はつきません」が書かれている様は、見方によっては壮観だ。
どうして箸をつけられないのかは私にはよくわからない。ただとにかくこの店ではオムライスには箸がつかないというのがこだわりなのだ。
どうして、このようなメニューの記述になったのかに思いを巡らせた。最初のころは、メニューを貼り出した壁の端に「オムライス類には箸はつきません」と書いてあったのではないだろうかと想像する。ところが、ちゃんと観ないで「箸をくれ」という客が後を絶たなかったのだろう。
もちろんこの店に箸がないわけではない。オムライス系のメニュー以外に、たとえばトンカツ定食のような定食メニューもいくつかあり、私は頼んだことはなかったが、それらには確かに箸がついていたのだ。
箸を巡って闘った学生を観たこともある。オムライスが出てくる。そこにはスプーンがついている。それだけならまだいいのだが、困ったことにオムライスにも定食と同じように味噌汁がついてくるのだ。学生はおばさんに言った。
「味噌汁を食べるのに、箸をもらえませんか?」
するとおばさんは、
「うーん、お箸はつけてあげられないんですよ。ねえ、お父さん」と少し困った顔をして奥で料理をしているおじさんを呼んだ。そして
「フォークなら付けてあげられるんだけどねえ。。」と言うのだった。
さすがはこだわりの店だ。とにかく箸はつけられないのである。